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【ウマ娘】ナリタブライアン元ネタ解説

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【ウマ娘】新衣装ナリタブライアン実装

12月19日に[BLAZE衣装]ナリタブライアンが実装が発表されました。メインストーリー第4章や、楽曲「BLAZE」でお披露目になっていた新衣装ですが、メインストーリー第一部が完結して少し経ったこのタイミングで実装とは・・・意外でしたね。

ナリタブライアン(ウマ娘)のプロフィール

実在馬は日本競馬史上最強と言われるほどの名馬ですが、ウマ娘の世界でもそんな最強の馬に相応しい風格のあるナリタブライアンですが、新衣装もその風格を損なうことない素晴らしいデザインですね。

では、さっそく、ナリタブライアンがどういうウマ娘なのか紹介していきます。

名前:ナリタブライアン(CV:衣川里佳)
誕生日:5月3日
身長:160cm
体重:レースに支障なし
スリーサイズ:B91・W58・H85
学年:高等部
所属寮:栗東寮
無双の走力を誇る、強大で不愛想な一匹狼。その走りはトレセン学園内で畏怖されており、本人も恐れられている。走り以外に興味はなく己がうちの渇きを癒すことだけを求めて疾走する。ビワハヤヒデの妹であり、意外にも生徒会において副会長をつとめている。

実在馬はシャドーロールの怪物と呼ばれており、ウマ娘では鼻に絆創膏を貼ることで再現されるデザインとなってますね。

タニノギムレットと同室

栗東寮に所属しており、タニノギムレットと同室なんですね。

実在馬の情報

実在馬としてのナリタブライアンの情報を見ていきましょう。

登録名:ナリタブライアン(Narita Brian)
性別:牡馬
毛色:黒鹿毛
誕生日:1991年5月3日
抹消日:1996年11月20日
死没:1998年9月27日(8歳没・旧表記

ナリタブライアンはそのトレードマークから「シャドーロールの怪物」という愛称で親しまれました。

同馬は生来臆病な性格であったために走行中に自分の影を怖がり、レースに集中することができませんでしたが、シャドーロールを装着させて下方の視界を遮ることによって解決されました。

古馬になって精神的にも成長し、自分の影を怖がることは無くなったようですが、そのころにはシャドーロールがトレードマークとして定着しており、レース中のナリタブライアンを探す目印になることから装着を続けることになりました。

戦績

生涯成績:21戦12勝
獲得賞金:10億2691万6000円
表彰歴:1993年 最優秀3歳牡馬、1994年 JRA賞年度代表馬、最優秀4歳牡馬、1997年顕彰馬
主な勝鞍
・1993年 朝日杯3歳S
・1994年 皐月賞
・1994年 東京優駿
・1994年 菊花賞
・1994年 有馬記念

略歴

中央競馬史上5頭目のクラシック三冠馬であり、その年の有馬記念でも見せた圧倒的パフォーマンスで優勝し4冠馬ともいわれています。

そしてクラシック3冠のレースでは「3レース合計の着差が歴代最大」を誇っている点から、日本競馬史上最強馬と目されているほどの名馬です。

ちなみに日本近代競馬の結晶・ディープインパクトの着差と比較してみましょう。

◆3冠路線の着差
ナリタブライアン
・皐月賞………3-1/2馬身
・ダービー……5馬身
・菊花賞………7馬身
ディープインパクト
・皐月賞………2-1/2馬身
・ダービー……5馬身
・菊花賞………2馬身

いかがでしょうか?ダービーこそ同じ5馬身差ですが、菊花賞ではディープインパクトの2馬身差に対して、7馬身差と大きく差が開いています。

当時は名牝の仔は走らない、名馬の下(弟妹)は走らない格言のようなものがありましたが、ナリタブライアンはその世評を覆し、兄ビワハヤヒデと共に「史上最強の兄弟」とまで言われるようになりました。

ナリタブライアンがクラシック三冠を獲り連勝街道を驀進した絶頂期の1994年、ビワハヤヒデも春天・宝塚記念を勝っており、この年の主役はこの2頭という状態でした。

ナリタタイシンと同じ馬主

ちなみにですが、ナリタブライアン冠名「ナリタ」は馬主である 山路秀則氏の使用する冠名ということから想像ができる方もいると思いますが、ナリタタイシンの馬主でもあります。

実現されなかった兄弟対決

しかしビワハヤヒデは、ナリタブライアンの出走する菊花賞の1週前に行われた秋の天皇賞でレース中に屈腱炎を発症し有馬記念を回避。ナリタブライアンは兄の無念を晴らすかのように、有馬記念を完勝し、前年の兄に続く年度代表馬に選ばれました。その後も兄弟対決が実現されることはなく、どちらが強いかという議論は今でも続いています。

シンボリルドルフの調教師である野平祐二氏は「中距離では互角、長距離では心身両面の柔軟性に優れるナリタブライアンにやや分がある」という見解を述べています。またビワハヤヒデの主戦騎手であった岡部幸雄氏は、騎手引退後に「兄弟対決になってもブライアンをねじ伏せられた可能性も低くはなかっただろう」と自著で述べています。

特別な馬の証

ナリタブライアンは引退から2年後の、1998年9月27日に8歳という若さで亡くなっています。

通常日本では遺体は火葬されますが、ナリタブライアンは土葬が許可されています。

土葬が許可されたのはシンザン、テンポイント、マルゼンスキー、サクラ-スターオー、パシフィカス(ビワハヤヒデ、ナリタブライアンの母)、そしてナリタブライアンの6頭のみ。

ナリタブライアンは競馬ファンによる投票での評価をみると、2000年にJRAが行った「20世紀の名馬大投票」において3万7,798票を獲得し、1位となっており、2015年にJRAが行った「未来に語り継ぎたい名馬BEST100」では第6位と時代が変わり数多くの名馬が登場しても、今なお輝いている名馬中の名馬なんですね。

 

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